その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は瀬川奈都子さんの『 AI搾取 日本の規制の抜け穴(日経プレミアシリーズ) 』です。

【はじめに】

溶ける人とAIの境界

 人工知能(AI)は何度かのブームと衰退を繰り返してきた。第3次ブームが起きたのが2000年代。ビッグデータを活用した機械学習の手法の1つディープラーニング(深層学習)が発展したことが契機となった。

 その後、AIが爆発的な注目を集めるようになったきっかけが、22年11月に米オープンAIが発表した対話型AI「Chat(チャット)GPT」だ。友人と普通に会話するように、投げかけた問いに瞬時に言葉を返してくれるAIは、社会とテクノロジーとの距離感を一気に縮めた。

 この「会話が普通に成立する」ようになったことが、AIと人との関わりの分岐点となったといえる。スマートフォンの中にしか存在しなかろうが、見た目がどうであろうが、きちんと対話ができれば、多くの人はそれを会話の相手として受け入れることができるからだ。

 科学技術が発達し、人間の側も義手、義足、義眼などを使うようになった。近年、さらに人間存在において身体性の意義は薄れ、知性や精神のありようが重要度を増している。人間の定義から肉体の要件が外れつつあるのと並行し、進化するAIはもはや道具としての分を超えようとしているように感じる。

問われる人の役割

 第3次AIブームの頃から、人の職がAIに奪われるという指摘も多く聞かれるようになった。代表的なのが英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが13年に発表し「今後10~20年で米国の雇用の47%がAIやロボットなどで自動化される」と予測した論文だ。

 今日の一部のクリエーターらによるAIへの忌避感は、産業革命時の「ラッダイト運動(機械打ち壊し運動)」にも通じる。だが、いかに技術の発展を否定しても、既にAIによる雇用の置き換えは始まっている。AIによる業務効率化が進む米IT(情報技術)業界では、有名大学を卒業しても入社できない事例が相次いでいる。

 今の人間社会は基本的に、「役にたつ人」がたくさん稼げる世界だ。その役割をAIが担う時代になったら、生じた富はどのように配分すべきだろうか。

 豊かな人は稼ぐが、その分税金を納め社会全体の底上げに貢献するというのが、民主主義社会、資本主義社会の基本構造だ。今後はAIがその肩代わりをしてくれるのだろうか。機械なら所得税を100%にしても文句は言わないだろう。今以上に納得感ある配分になるかもしれない。

 AIが進化し普及した社会では、国民に一律一定額を支出するベーシックインカム(最低所得保障)の導入が可能になると指摘する人はいる。「人工知能が実現するのは理想の社会主義国家」という発想だ。

 それが実現すればすばらしいが、今日、AI技術は米国の巨大IT企業を中心とした一部の企業に独占されているのが現状だ。

「技術によるユートピア」を可能にするルールとは

 米巨大IT企業は、自社のプラットフォーム事業に必要なデータをかき集め、AIの学習に使い始めている。データは「21世紀の石油」と言われるほどの価値があったが、サービスの利用者である個人は無自覚なまま、多くを巨大IT企業に無料で譲り渡した。

 豊かで差別のない社会の実現に向け、試行錯誤を繰り返してきたのが人類の歴史だ。科学技術の発展を止めることは困難だ。であれば、「技術によるユートピア」を目指すしかない。新しい技術を開発し人の可能性を広げることが科学者の仕事だとすれば、それが悪用されず、本来の目的に沿った使われ方をするようなルールづくりを模索するのは、受け入れる社会全体の役目だ。

 そうした問題意識で、国内外のAIをめぐるルール動向や関わる人々の思いをこの10年間取材してきた。『日本経済新聞』や日経電子版に掲載した記事をベースに加筆、修正し、まとめたのが本書だ。登場人物の肩書は原則、取材当時のものになる。

2026年1月  瀬川 奈都子


【目次】

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